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チューリングマシンはどう偉大なのか、チューリングはどう偉大なのか

現代哲学キーワード (有斐閣双書キーワード)

現代哲学キーワード (有斐閣双書キーワード)

こちらの本を先日買いました。

我々計算機屋などが煙に巻かれがちな哲学のキーワードについて、対立する概念を対照させるスタイルを主としてよくまとまっている良書のように思われます(流石に専門でないので断言はできない)。

ですが、チューリングチューリングマシンについて触れている所で、少し気になる記述がありました。

彼はチューリングマシンのアイディアを提示するだけではなく計算機として実装し,現在の計算機の基盤を築いた。(p. 31)

この部分については、執筆者の意図と逆に、チューリングの過少評価につながりかねない記述です。

「アイディア」「実装」という語が意図している所を私が誤解しているかもしれませんが、チューリングマシンの偉大なところは(たとえばいわゆる「ノイマンの草稿」とは違い)proof of conceptなど必要ないと自明なほどきっちりと形式化されていることであり、その実装はトリビアルな作業に過ぎません(万能チューリングマシンや停止問題といった応用も重要ですがここでは略す)。

チューリングマシンという計算モデルを提示したことと、それが(こんにちのコンピュータであたりまえの概念となっている)プログラム内蔵方式などの原形を含んでいたということは、別々のこととして評価されるべきです。

また、チューリングが関わった実機のコンピュータについてはいずれも、数理論理的な点すなわちチューリングマシンとの関連よりも、実践的な面に注目すべき点があると指摘されています。

まず暗号解読について。先日公開された映画の最後のあたりにあった字幕による解説にも誤解がありましたが、暗号解読機械 Bombe はチューリングマシンとは全く違う機械で無関係と言ってよく(先行機であるポーランドの bomba にオリジンがあると考えるべきか微妙な点もありますが)、星野力先生が著しているように、むしろ我々が無条件に所与のものと考えているシーケンシャルなディジタル計算機に縛られない発想があるという評価があります。

また戦後の ACE についても(英語版Wikipediaですら要出典が多く実際にこころもとない記述が多くて悩みますが)、1977年に The Computer Journal 誌に掲載された The other Turing machinehttp://dx.doi.org/10.1093/comjnl/20.3.269 )などにあるように、「チューリングマシンのアイディアを」「計算機として実装し」たもの、という表現は当たりません。(一方で、あまりそれが有名でない、という事実は、後世への影響は、たとえば英国のマシンでは EDSAC やその設計者ウィルクスなどのほうが大きかった、ということでもあります)