ネトランあぼーんに際して思う

(副題 ネトラン罪)三才の広告が秋葉原駅ん中にあったり、もえたんアニメ化と聞いてなんだかなー(國府田声で読まないこと)とか思わないでもない昨今ではあるけどもそれはともかくネトランの話
例えば自らキャラをプロモーションしたり、発掘したりするのではなく、ひたすらネットで流行るネタに乗っかり続けるという安易さ
何より最悪だったのは、限りなく黒に近いグレーの世界を扱っていながら、ちょっと怪しいだけなのよ、という雰囲気で何も考えずにハウツー記事をばりばり載せたことで、ワナビー(あえて厨房とは呼ばない)たちの精神をズタズタにしてくれちゃったことだろう(将来すぐれたエンジニアになるつもりはある、という意味で、あえて「ワナビー」と呼ぶ)
(マスコミがウイルスについてあれこれ報じた 1990年頃の話( 1990年 8月号で中村正三郎氏が連載の中でネタにしている。『電脳騒乱節 VOL.3』収録)『ザベ』がある種のウイルスの原理解説として、それ自体としては無害なスケルトンの実ソースコードを載せ、きわどい系の記事が売りの同誌の記事とはいえ、一応は技術雑誌のやることとしてそれはどうかと物議を醸したことがある。付記するならば、Unix の超エキスパートが書いた、まずいことは起こらないはずだったワームが暴走してえらいことになった事件は 1988年に起きている)
エロ雑誌屋系のそういう雑誌であれば、きちんとアングラな雰囲気で仕立て、基本的に技術情報は載せないし、『アクションバンド』や三才系であれば、基本は技術記事で、入門記事はあっても悪いことの直接のハウツーは載せない、という暗黙のルールというか仁義というか、のようなものがあったように思う
入門的ハウツーは『初歩のラジオ』なり『ラジオの製作』で清く正しく学んでこい、という役割分担、というかね