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数値計算や事務処理以外にも、黎明期(1960年代)からコンピュータの応用はあった、という話

こんなツイートをしたわけですが、実例とかを挙げてもうちょっと書いてみます(情報屋というかDP(data processing)屋ですね)。
というか、時々TRONに対する贔屓の引き倒しの最たるもののひとつという感じなのですが、坂村先生が「リアルタイムコンピューティング」の提案者であるかのごとく思っている人がいるようで、そんなわきゃない、という話、でもあります。
我々の身近なリアルタイム・トランザクション処理のひとつとして、JR(旧国鉄)と日立による座席予約システム、マルスが良く知られていますが、wikipedia:マルス_(システム) の「開発の経緯」の節にあるように、1950年代末という、日本におけるコンピュータ開発のごく黎明期に始まったものだったりします。指定席を、列車が発車するまでに予約できなければ意味がないわけですから、一種のリアルタイムシステムと言えます(実際、マルスの稼働前には人手による予約が限界に達していて、繁忙時にはよく発生していたという話です)。
続いてフライトシミュレータですが、実のところ、フライトシミュレータの歴史はディジタル電子コンピュータより古く(こちら http://www.simulationinformation.com/education/early-history-flight-simulation などを参照のこと)、初期のコンピュータのプロジェクトのひとつであるMITのWhirlwindコンピュータ(wikipedia:Whirlwind)はフライトシミュレータへの応用が当初のターゲットでした。Whirlwindはその後、結果としては、SAGEという空軍の防空管制システムに向かうことになりますが、亜音速~超音速で侵入してくると考えられている敵爆撃機を迎撃する、というSAGEのミッションは、それをリアルタイムと言わずしてなんと言う、と言って良いものでしょう。
生産プロセスについては北辰電機が……と、ここで北辰電機について解説が必要かと思います。1983年に横河電機と合併し、その後のCI実施で名前も見られなくなったので若い人には知らない人も多いのではないかと思いますが、計器類、特にジャイロスコープやジャイロコンパスでは、戦前は軍需でトップメーカーだった企業です(wikipedia:北辰電機製作所)。
北辰電機は戦後、ジャイロの技術が転用できるだろうということで、コンピュータ用の磁気ドラムメモリのメカ部分の開発を電気試験所から依頼されるわけですが(同時に、磁気部分は東通工(現ソニー)に依頼)、そこからのボトムアップではなく、同時にデータロガーをより発展させたものとして生産プロセスを管理するコンピュータを作ろうとしたものだ、と、後でリンクする北辰電機OBの方の資料にはあります。いずれにせよ、北辰電機はそのコンピュータを発展させ、その後プロセス制御システムの大手となることになります。
北辰電機のコンピュータについては『日本のコンピュータの歴史』(1985)の第9章に簡単な記述があります。また、『計装プラザ』というウェブサイトの「北辰電機技術史」という所にある「北辰コンピューターの歴史」(PDF)には詳細が記されています。